第3回「白子の歴史文化を活かす会」

ページ番号1006394  更新日 2024年1月23日

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とき

平成26年10月1日(水曜日)19時~21時

ところ

白子公民館
参加者
白子の歴史文化を活かす会 13人(男性10人、女性3人)、市長、生活安全部長、その他関係市職員

今回のミーティングで出た主な意見

  • 地域の案内看板について
  • 古民家の保存とまちづくりについて
  • 地域づくり協議会について

1 開会のあいさつ(事務局)

 本日はご多忙のところ、「市長と話そう!鈴鹿(まち)づくりミーティング」にご参加いただきまして誠にありがとうございます。私は、本日の司会を務めさせていただきます市民対話課長の吉崎です。よろしくお願いします。
 この「鈴鹿(まち)づくりミーティング」につきましては、市長自身が最も大切に考えている対話と協働を進める上で、重要な事業として位置付けをしています。そうした中で、このミーティングも平成23年度より回を重ねまして、各地域の皆様、そして各分野で活躍されてみえる団体の皆様との意見交換を行ってきました。本日の市長ミーティングが今年度第3回目となります。どうぞよろしくお願いします。それではまず始めに、末松市長より挨拶をさせていただきます。

2 市長あいさつ

 皆さんこんばんは。本日は、白子の歴史文化を活かす会の皆さんにおかれましては、大変ご多忙の中、この「市長と話そう!鈴鹿(まち)づくりミーティング」にご参加をいただきまして、本当にありがとうございます。また平素は鈴鹿市政各般にわたりまして、皆様方にはご理解ご協力をいただきまして、この場をお借りして改めて感謝を申し上げます。
 今日から、赤い羽根の共同募金が始まりましたので、いろいろな所で関連の活動が開催されると思いますので、少し心にとめていただければと思います。
 先ほどもお話がありました通り、市長に就任して以来、地域で開催される行事などへも可能な限り参加をさせていただきまして、市民の皆さまと一緒にまちづくりに取り組んでまいりました。そして、今回「市長と話そう!鈴鹿(まち)づくりミーティング」として、皆さまとこのような機会を持てたことに大変感謝しています。
 さて、鈴鹿市では平成25年3月に鈴鹿市というまちをイメージするキャッチコピーを作成しました。「さぁ、きっともっと鈴鹿。海あり、山あり、匠の技あり」というキャッチコピーです。鈴鹿サーキットを中心としたモータースポーツのまち、伊勢湾から鈴鹿山系に広がる自然に恵まれたまち、そこから生まれる農水産物、伊勢型紙、鈴鹿墨の伝統産業、製造業が盛んな、ものづくりのまちをイメージする大変鈴鹿市にふさわしいキャッチコピーだと思っています。今後も、このキャッチコピーを十分に活かしながらシティセールスを行っていきたいと考えておりますし、長く市民の皆さんに愛され、地域の宝をどんどん発信することにつながっていくように期待をしています。
 また、平成24年12月1日から「鈴鹿市まちづくり基本条例」が施行され、地域コミュニティや市民活動を活性化させるため、地域づくり協議会などの団体活動支援や人材育成への取り組みをさらに進めるなど、みんなで協働して活力ある力強い鈴鹿市をめざす施策を積極的に推進しているところです。
 今日は、「白子の歴史文化を活かす会」の皆様方と共に、「まちの活力づくりのために」をテーマに意見交換させていただきたいと思っていますので、どうぞよろしくお願いいたします。
 また、今週末には、本市のモータースポーツの最大のイベントであるF1が開催されます。地域の皆様方には、大変ご尽力をいただいております事について、この場をお借りしてお礼を申し上げたいと思います。小林可夢偉選手の出場も決まって、日本人ドライバーが出場するということは、大変素晴らしいことだと思います。F1をはじめとするモータースポーツ、そして白子のような歴史あるまちづくり、これが共に鈴鹿の中で活力が増しますように、今日はそんな素晴らしい機会になればと思っていますので、よろしくお願いいたします。

3 参加者代表者あいさつ(※※※※様)

 白子の歴史文化を活かす会は、平成25年から活動を始め、平成26年の1月に会を設立しました。たまたま代表ということで挨拶をさせていただくことになりましたが、江島にある伊達忠兵衛家という古い商家を私どもの方でお借りする事が出来て、そこを拠点に白子地域、白子、江島、寺家ですが、そこに歴史的な価値のある建造物や古文書、文化的資産を活用していくという取組みを行ってきています。今の若い方の事を考えてみても、あまり歴史的、文化的という言葉が出てこないです。そこで、なんとかならないかという気持ちでスタートしました。これからもご迷惑をお掛けすると思いますが、会員の皆さんにもご協力をお願いして、豊かなまちづくりをしていきたいと思っていますので、よろしくお願いします。

4 参加者自己紹介

(省略)

5 事務局概要説明

(省略)

6 意見交換(ミーティング)

地域の案内看板について

(市長) 自己紹介の中でも、この白子には沢山の歴史や文化があるということを教えていただきました。伊達忠兵衛さんの古民家だけではなく、その他にもこの白子地域には文化財があるのではないかと思っていますが、今日のお話のテーマである「まちの活力づくりのために」に沿って、ぜひ意見交換をさせていただきたいと思いますので、どなたからでも結構ですので、ご発言をお願いします。

(参加者) 数年前から、三重大学のご協力を得て、毎年、白子のまちのウォーキングイベントをしています。今年は10月18日にさせていただきますが、やはり、年に数回ではなく、いろんな形で市外県外から白子へ来ていただくような取組みをしなければ活性化していかないと思います。あと、白子駅もウォーキングを実施すると、1回のウォーキングイベントで400名ほどの方が寄られますが、白子駅前にはマップ看板が目に付かない、どこにどう行ったら良いのか分からないという意見をあちこちで聞きます。そのような物は、自治会が設置するのか、市が設置するのか、あるいは両方が協力して設置するのかわかりませんが、このような物で人を呼び寄せるということも考えていただければと思っています。駅を降りた所に観光案内的な、どこにどのお寺があるか分かるような看板を、駅の東と西に立てていただくと良いと思います。近鉄さんは、ウォーキングの募集をして、地図の入ったチラシを渡して終わりですが、それだけでは、やはり分からないので、看板に地図が描いてあると、あちこちで聞かなくても分かると思います。

(市長) 今、お話をしていただいたのは、街道沿いにどのような歴史的文化財があるのかとか、お店の情報などが入っているような散策用看板であると思います。この辺りの歴史あるまちづくりということで、観光協会などを通じて看板をつくったり、あるいは、市の方の事業として地域づくりの中で看板を設置するとか、方法はいくつかあると思います。私が住んでいる西条では、発展会が中心になって西条地域のお店を入れたマップ看板をまちの何箇所かに立てていますので、やり方はいろいろあると思います。折角、街道ウォークをしていただいているので、他所から来ていただいた方に分かりやすい、親切な案内看板についてのご提案について、検討させていただきたいと思います。自治会単位では難しいと思いますので、観光関連のところと協働して進めるのが一番良いと思います。

(参加者) 市政50周年の時に、白子地区に30ほどの史跡、名所がありますので、そこに看板を立ててもらったのですが、あれから随分月日が経ってしまったので、欠損して無くなってしまった物もあるし、割れている物もあります。折角、立てていただいたのに役に立たない場合があります。市の方に言っても駄目だったので、最近、自治会の方で数枚直しました。自治会の方で予算化して直したと聞いています。今、白子の方へ呼び込むキャッチフレーズが沢山あります。例えば、港が綺麗、古い歴史のロマンのまちなど、キャッチフレーズはとても良くて、来てもらうのも良いのですが、なかなかそれに応えるだけのおもてなしが出来ないです。ハード面、ソフト面両方ありますが、ハード面では、トイレも無いですし、道しるべも無いです。行きたい所へどうやって行ったら良いか分からない。私の家の前が伊勢街道ですが、年々、この古い街道を歩く方が増えていくのは確かです。そうすると、お客さんたちは、これは何処にありますかとか、このお寺はどのような由緒があるのですかと尋ねられますので、私は私なりの知識で答えていますが、他の方がどのくらい答えてくれているか、いわゆるおもてなしがなかなか出来ていないと思います。だから、今回このミーティングの中で、そういうところから文化を振興させていく事を一緒に考えていただければと思います。そのような場づくりをしていただくような事も、行政や自治会が一緒になって考えたらどうかと思います。

(参加者) その看板には、史跡の簡単な説明が書いてあります。やはり私ども関心のある者が読むと楽しいのですが、ただ白いトタンのような所に書いてあるだけなので、20年も経つと風雨にさらされて読みにくくなっていますし、台風などで破損している物もあるし、立てた場所が変わっていたり、倒れていたり、非常に見苦しいです。美的感覚から言っても、あんな程度だったら無い方が良いです。やはり、市として50周年記念と書いてある以上は、外部からみえた人にも気持ちよく見ていただけるような物に、点検して補修をしていただくと良いと思います。

(参加者) 私は、自治会の方の仕事もしていますので説明します。50周年記念の時に白子の看板をつくりました。その看板の無くなっている部分や、読めない物を修理しようということで、白子自治会として予算を計上して先日補修が完了しました。それは、自治会予算ですので、10万円でなんとかして欲しいと看板屋にお願いしてつくってもらいました。それが、10数枚だと思います。これからもそうやって手入れしていかないといけないという意見が出ていますが、結局お金の問題です。今のまるかつさんの前に、ここから大黒屋光太夫が出航したという看板も立っていましたが、無くなってしまったので、また立てました。家康が逃げたという所も、吾妻屋の奥に入ってしまって何も見えなかったのを、ちょっと見える所に出して建替えました。そのように努力はしていますが、予算が足りません。

(市長) 看板については、いろいろご苦労いただいて修理をしていただいたり、立てていただいて大変有難く思います。今、50周年の物だというお話でしたが、それよりも少し前に、竹下総理大臣の時にふるさと創生事業で、国から各自治体に交付金を交付されて、それを鈴鹿では、地域の振興ということで、それぞれの地域で委員会をつくっていただいて、何に使うかを検討していただきました。その50周年記念の看板としてつくってもらった物ではないかと思います。

(参加者) 先般自治会で、とにかく直さないといけない所を調べました。その際に、地区市民センターから、看板の位置図が載っている50周年記念の時に出来たパンフレットをいただきました。市民センターからもらったということは、鈴鹿市役所からもらったのだと思いますので、今、話題になっている所の地図もあると思います。

(市長) 白子の地域の方は、50周年の時にご協力いただいて、白子は歴史文化を活かそうと看板をつくっていただいたと思いますので、やはり、地域づくり協議会などの中で、お声をあげていただく中で話をするきっかけになると思います。もし、地域の方で難しいということであれば、いろんな団体の方がいらっしゃいますので連携をして、今までは、歴史文化だけの看板でしたが、今度は何か観光マップと合わせた物にするとか、手法を一緒に考えていけたらと思います。

古民家の保存とまちづくりについて

(参加者) 一番言い難い事ですが、やはりこのまちづくりの中で、ウォーキングなどをずっと続けていきたいと思っています。それについては、伊達家の建物も活用して、ウォーキングされる皆さんにも、その商家の中の間取りを見ていただきたいと考えています。ただ奥の方が非常に痛んでいます。私たちもなんとか努力しますが、それだけではなかなか追いつかない状態ですので、なんらかの形で市の方もご協力いただいて、完全にオープンに出来るように考えていただくと非常に有難いと思います。そして、このように街道ウォークをやる時には、忠兵衛茶屋としても何か皆さんに振る舞いが出来るような形の物をつくっていきたいと思っていますので、これを少しでも長く、これで終わらせてしまったのでは、まちづくりの何にもなりませんので、その点、市の方もご理解いただいて、どうしてこの建物だけしないといけないのかと言われる人もいると思いますし、一度には出来ませんので、各地区少しずつでも順番に古い建物を残していただきたいと思います。鈴鹿の場合は、古い建物の存在率が他の市に比べると非常に低いです。白子地区は、古民家が沢山あります。住む方が少なくなってきて、壊される可能性が多い家が何軒かあります。ですから、今のうちに手を打って、少しでも残していきたいと考えていますので、よろしくお願いします。

(参加者) 市長さんは、伊達忠兵衛家をご覧になった事がありますか。まだであれば、ぜひ一度、ご覧になってください。すごい埃の中を掃除して立ち上げましたしたので、随分綺麗になりました。なかなかの建物ですので、ぜひ見ていただきたいです。

(市長) また一度、明るい時にぜひお邪魔したいと思います。皆さんに中を案内していただいて拝見させていただきたいと思います。

(参加者) 実は、今日の会議を忠兵衛家で開催できればと思ったのですが、考えてみたら、自然光が豊富に入る造りになっていますので日中なら良いのですが、夜になると人口照明が必要で、今のところ人口照明の照度が足りませんので、その辺はこれから改善したいと思っています。もうひとつ重要なのはトイレが壊れていますので、その修理を最優先で考えていますが、なかなか資金的に苦しいところがありますので、少しずつ進めていくようにやっています。近々、簡易トイレを設置するように進めています。水道も無いので、まず蛇口をひとつでも付けるようにと思っています。元々、水道はあったのですが、鉄管でしたので、市の水道局の方に見てもらったら、中が詰まっていて出ませんでした。メーターに一番近い所に蛇口を付けて、そこからホースでも引っ張ればなんとかなると思っています。最初は、その程度から進めようと思います。

(参加者) 忠兵衛さんの建物のいきさつを少しだけ話をさせてもらいます。あの現在の建物は、明治20年頃に移築しています。ですが、材料を見ると180~200年ほど経っている材木が建物の大きな梁になっていますので、かなり古いと思います。それから、忠兵衛家は小笠原藩の町年寄とか賄い方を仰せつかっていましたので、商家だけではなく、重要な役目もしていたということが、最近になって分かりました。そのような事が書いてある古文書が出てきましたので、その点から考えると、小笠原藩の重要な地位であったということです。この公民館が建っている所も実は小笠原領です。ここからずっと江島の神社の向こうまでが小笠原領です。街道から踏み切りまで来るとタバコ屋の横に出ますが、あそこに江島の入り口の常夜灯が立っていました。ですから、あそこから公民館までが江島領になります。そして、あの松が立っている所は、紀州領との境です。あそこから西が紀州領、そこから海岸寄りからここまでが江島領です。

(市長) 歴史はおもしろいですね。

(参加者) 余計におもしろいのは、今も眠っていますが、どんどん眠っていた古文書が出てきます。今まで公表されている物は限られた資料で、それが皆さんのところに流れて、それで教育を受けていると思いますが、我々が真剣に動いてみると、古文書が出てきて事実が変わっていきます。我々の会も、まず伊達家の保全活用をやらなければならないのですが、更に考えてみると、まず古文書を入手しなければいけない、持ってみえる皆さんにお願いをしに行って見せていただいて、それを解読する、そうすることによってどんどん変わっていきます。それをまた住民の皆さんにもお知らせするということで、まちづくりに関心を持っていただいて、いろんな事で外部の方にも来ていただけるように、我々自らが勉強をしていかないといけないと思います。近々、※※※※さんが言われるように、この地域で見つけた資料に基づいて歴史の講座をやっていただきます。本当に、興味のある事が出てくるので、また皆さんで力を合わせてやっていきたいと思っています。

(参加者) 私が、この会に参加させていただいたのは、もちろん伊達家の建物に魅力を感じたのと、白子地区が、このようにいろんなジャンルの方が集まるということがなかなか無く、公民館でも無く、公で無い民の人たちの思いで集まる場所が出来たという事が一番大きい理由です。※※※※さんや※※※※さんのように歴史の方を深く追求し、これからも郷土の人たちに知っていただこうとする分野もあれば、私たちがやっている、人と人がつながって生きがいのある生活であったり、または顔の見えるつながりになっていったら良いなと思う活動もあります。そうすれば、自分たちの老後もより楽しくなると思いますし、災害の時には助け合いが出来るのではないかと思います。家で留守番をしているお年寄りが、ちょっと出て来て若い方とお話が出来る場所になれば素晴らしいな、という思いで参加しています。そういう点では、伊達忠兵衛さんの家がとても多目的に利用出来るのではないか、また子どもたちにも来てもらって、お年寄りと遊ぶとか、あれもこれも出来るんじゃないかという夢がふくらむ思いでいます。そのためには、いろんな整備とか胃が痛くなるような事が山積みされていますが、そういう事を少しずつ解決するためにも、私たち民だけでは、やはり行き詰まるし、どうしたら良いか分からないところが一杯あるので、そこで、ちょっと行政からアドバイスをいただいたり後押しをしていただけると、地域の信用も得る事になると思います。行政と民がつながる媒体になれば良いかと思っていますので、よろしくお願いします。

(参加者) 実は、白子には山口誓子句碑があります。8月28日の子安観音の弘法大使の1200年記念にも出品させていただきました。そのような事も掘り起こしたり、また白子には、皆さんが完全に忘れてしまった幻の白子素麺があります。この辺で素麺というと、皆さん大矢知と思いますが、大矢知素麺の歴史は約230年ですが、白子素麺は1670年代に高虎が大阪城で病気を患った時に、白子素麺とブランド名が付いた物がお見舞いに出されています。当時、素麺と言うと、とても貴重で宮中に出したり、将軍に献上したりしていました。過去では、桑名のお殿様も将軍家に献上しています。それを、このようなまちづくりの中で復活できないかと思います。そのような未来の希望も持っています。そうなれば、地元民の方の協力が必要ですし、観光協会の協力も必要です。これが一体になってやるまちおこし、高齢化が始まるので、民家を利用した施設、子どもの遊び場、今の子どもさんは危険なので、外で遊ばせられない、いつ誘拐されて殺されるか分からない。そんなことを考えると、そんな場をつくっていくことを考えないといけないんじゃないかと思います。その点もよろしくお願いします。

(参加者) 伊達家の保存活用についてということで参加させていただいていますが、僕の要望としては、伊達家に限らず、市内に残る鈴鹿市の礎となる建物をなんとかひとつでも残したいという思いがあって、そのうちのひとつが伊達家になります。そこで質問になりますが、市内にどのような指定登録文化財があるのかを調査をして把握しているのか教えてください。

(文化課) 指定と登録の文化財ということですが、指定文化財についての一覧をホームページに載せさせていただいていますので、またご覧になってください。建造物については、国に関しては、指定の建造物はございません。県ですと観音寺の仁王門、龍光寺の坐忘亭の書院、石薬師寺の薬師堂が県指定の建造物です。市の指定建造物は、蓮花寺の鐘楼、悟真寺の本堂、庄野の資料館になっている旧小林家住宅があります。伊勢型紙資料館になっている寺尾家は、市の史跡指定をさせていただいています。国の登録有形文化財は、三畑の掩体(えんたい)、石薬師の佐佐木信綱の生家と土蔵、石薬師文庫があります。

(参加者) ありがとうございます。今、鈴鹿市に限らずどの行政も新しいまち並みをつくるために整備をしたり、箱物をつくってまちを活性化させるというような、お金を掛けてまちを盛り上げるというような形を取り組まれている傾向が見受けられるというか、一個人の主観として感じる事が多々あります。今ある物を活用せずに新しくつくり変える事が多いのですが、古い物をつくる事は出来ないので、新しい箱物で人の心を満たすというよりは、昔からある馴染みのある物で人の心を満たすような、そのような取組みに、この白子の歴史文化を活かす会は活動していこうとしていますので、ぜひ、行政の方でも、歴史的文化遺産、例えば民間所有の古文書を積極的に受け入れて管理していただく事をお願いできればと思います。聞くところによると、市に持って行っても対応していただけず、そのまま県へ献上したり、県の博物館に相談するということがあるということで、聞いていて恥ずかしいです。市を飛び越して県にお伺いをたてるということは、市の窓口では対応する準備が出来ていないということで、資産物を残すハードルの高い所になっていると思いますので、そのようなところを整備をして、受け入れを緩和して、積極的にしていただければと思います。私は、歴史は詳しくないのですが、例えば個人で所有している古文書の中に、先ほどお話が出た地元の素麺の話などの根拠となる事が出てくることがありますので、そのような事をパズルのようにつなげていくには、まずは受け入れて集めないといけないと思います。ただ、そのとっかかりがなかなか歴史に詳しい方がこれは大事な物だと言っても、窓口では把握できずに内容が分からないから市では扱えない、ということでつき返されるということがあると聞きましたので、そのような物を残していただけるような体制と保存管理、またそれを読み解いて、魅力ある市の歴史の資料になるような取組みをぜひしていただきたいです。

(市長) 多分、すごく沢山の古文書があろうかと思いますし、決して市の方で、つき返すというような事は無いと思いますが、ただ、それぞれ専門分野もありますし、市でお預かりするよりは逆に県で専門の方に見ていただいた方が、より価値が上がるということでアドバイスさせていただいていると思っています。沢山の古文書をすべて市でお預かりすると、保存状態の保証が出来ませんので、県の方できちんと保存していただいた方が良い場合もあると思います。私も県議会議員の時に、県の博物館が出来る前にはいろいろ議論しました。エアコンの湿度管理やカビが生えないようにするにはどうしたら良いのかとか、虫が入らないようにするにはどうするかとか、いろいろ問題があります。そんな中で、皆さん方の大切な古文書をお預かりするというのは、保存状態の保証が出来ない以上、お返ししてしまう場合もあるかも分かりませんが、預けた方が地域の方も活用しやすい事もあると思いますので、ケースバイケースでお話をさせていただきたいと思います。大事な歴史が残っている物ですので、活動につなげられる物、お預かりできる物、県で見ていただく物というように精査をさせていただきたいと思います。大黒屋光太夫とか佐佐木信綱の関係など、偉人の方については、それぞれの館でお預かりさせていただいている物もあります。伊達忠兵衛さんがどんな方だったのか、これからまた皆さん方で調べていただいて、盛り上がっていっていただくと、私どもも一緒に連携ができるかと思います。
 それから、文化財に指定をされると、リフォームなどは不可能になってくると思いますので、まちの中で、カフェなどに活用して、皆さん方と地域の中で一緒にリフォームしたり、どんな補助金が対応できるのかとか、いろんなメニューを探っていった方が良いのではと思います。国や県のいろいろなメニューがありますので、申請をする際のお手伝いは出来ると思います。そのように、まちの拠点として使っていただいた方が、今の時代と、この地域に合っていると思います。指定を受けて保存をしてしまうと、活用が難しくなると思います。市の指定の庄野宿資料館の古民家も屋根が朽ちてきて、これを直したいのですが、当時の屋根瓦でないと認めてもらえません。その大きさとか瓦の質や色まで、当時の物にしないと駄目だということで、なかなか手が付けられない状況です。郷土として大切な物を残しながらも、そのような事になる場合があるので、伊達家の建物も、どのように地域の中で活用するのが良いかというと、今の皆さん方のお話の中で、少しヒントが見えてきたのは、子どもさんたちへの文化継承の場にするとか、リフォームをして皆さんが寄って来るようなカフェにするという方法があって、その中で補助のメニューを引き出せるような勉強をしていきたいと思います。そのためにも熱意のあるお話をずっとしていただいているのでぜひ、元気でしっかりといろいろな所に協力し合いながら、頑張っていただきたいと思います。
 あとは、今、市内では小学校区や行政区などで地域づくり協議会を立ち上げていただいています。行政区となると、ここの地域は大きすぎると思いますので、この会から声をあげていただいて、地域づくり協議会をつくっていただけると、それを中心に準備金の中で活動していただいたり出来ると思います。また今後、私どもは地域予算というものを考えていますので、ある程度まとまった地域予算を皆さん方にご提供させていただく中で、系列的に分けていただいて、保存会で伊達家を中心にまちづくりをしたり、先ほどお話がありました、まち看板をつくったり出来ると思います。ぜひそのような器をつくり上げていただける素地が生まれたら素晴らしいと思っています。稲生地区では、黒米から稲生音頭というお酒をつくられて、それについても歴史をずっと調べていただいています。そのような発展ができるような素地がこの地域にはあると思います。地域課も一緒になってやりますので、ぜひそのような活動をしていただければと思います。

(参加者) 昔の歴史を伝えるために、愛宕公民館の館長が自費で小川孫三の本をつくって、小学生の希望者に全員配っています。やはり小学生には昔の事を知らせるのも大切ではないかということで、簡単に書いてあります。この他に白子に関していろいろなお寺の事が書いてある本を3冊ほどつくったと思います。これを私費でつくって子どもたちに配っていました。子どもたちに昔の歴史を教えるために、そんな細かい事から伝えるのも良いと思います。

(市長) お話をしていただいた通りだと思います。できれば白子小学校や愛宕小学校の子どもさんたちに、先ほどの伊達さんのお話とか白子素麺のお話もしていただいたら、そこからPTAの方と一緒になって、掃除をしたり、街道ウォークにも出てきていただけると思います。また看板をつくる専門家がいらっしゃったら何か出来るかもわかりません。これだけ沢山の知恵者がいらっしゃいますので、いろんな可能性があると思います。

(参加者) 地域にもっと白子の事を知ってもらいたいということで、60周年の時に公民館で白子幸せ検定という物をつくって、白子のまちをもっと知ろうということで、白子公民館のルーツとか名所旧跡などが書かれています。これを勉強して、白子の事をどれだけ知っているのか、年に1、2度、検定試験があります。どこのまちでもやっているような事ですが、このような事を皮切りに次の世代へ白子の歴史や白子のまちを知ってもらうということも大事だと思います。そのひとつとして、忠兵衛茶屋として利用して、いろいろな方とお話をしていると、自然に地域の事が伝承していくのではないかと思いますし、皆さんが仰ってみえるように、そのような場に、この伊達家を活用したいと思っています。

(参加者) 10月18日土曜日に、白子街道ウォークを開催します。白子公民館が取り組みまして、もう3回目になります。その中で、私たちまちかど博物館のメンバーが、忠兵衛茶屋でお茶の接待をします。市内で、どれほど知られているか分かりませんが、市長さんもぜひいらしてください。公民館を中心に、ものすごいエネルギーでやっています。

(市長) 白子の皆さん方や公民館活動の方でご協力いただいて、三重大学の先生が中心になってつくっていただいた、古民家やまち並みを活かそうという冊子からヒントをいただいてつくられた場所があります。ニコママカフェと言いまして、稲生で古いお家を再生して、保育園や幼稚園に通っていない子どもさんたちを少しだけお預かりをして、お母さん方にリフレッシュしてもらうという活動拠点で、小さいお子さんを持つ主婦のお母さん方がNPOを立ち上げて、やっていただいています。そのヒントになったのが、この白子の公民館活動の中の古民家再生をどういう風にするのかという活動です。子どもさんたちが安らぐ場所は、今ある物をどのように活かしてつくっていくのかということで、皆さん方にご協力をいただいて、ニコママカフェというお母さんと子どもさん方が癒される場所をつくって稲生で活動されています。そのようなヒントを、沢山こちらでつくっていただいていると思います。例えば、忠兵衛茶屋がそのような物の第2号になる可能性があると思いますし、マスコミを使ってテレビで流したり、先ほどの検定のお話もメディアで取り上げていただく番組をつくったり、ちょっとしたきっかけで、皆さん方に知っていただくと、大きなスポンサーがついたりすることにもつながっていくかと思います。

(参加者) 先ほどのお話の中で、去年の街道ウォークは600人、今年の4月に近鉄とタイアップした忠兵衛茶屋でおひな祭りの街道ウォークをしましたが、これが460人でした。イベントをすると沢山の方に来ていただきます。今年の9月13日に、JCの方で花火をしていただいたのですが、この花火は来年もやりたいと言ってみえるので、来年はまちづくりをドッキングして、いろんな催しをやったらどうかという話をしています。灯りフェスタもありますが、型紙を使って行灯をつくると、もっと良いと思います。使っている物もあっても少しなので、神戸でも灯りフェスタをしていますが、あちらも型紙は使っていないと思います。ですから、まちのあちこちで型紙を使っていただいて、灯りフェスタをやっていくということになれば、産業の宣伝にもなりますし、いろいろな使い道があると思います。駄洒落になるかも知れませんが、海鮮問屋の海鮮丼とか、白子港で獲れた新鮮な魚を使って、そんな事も出来るのではないかと思います。

(参加者) 私は、考古学博物館のサポーターもしていますが、鈴鹿の博物館は公共交通機関のアクセスが無いので、人の流れを増やすためには、やはりシステマティックに循環的なバス、C-BUSで結構ですので、回ってもらえるように組んでいただければ、もっと人の流れが増えると思います。ぜひC-BUSで人の流れを増やしていただきたいと考えます。

地域づくり協議会について

(参加者) 先ほど、まちづくり協議会の話が出ましたが、実は、我々の中でもそのような話が出ていまして、なぜ白子地区は、そういう意味では遅れているのかと話し合ったりしています。今日のこのミーティングをきっかけに、その辺が進んでいけるような事になればと思います。白子地区には、旭が丘も入っていて、江島、寺家、白子で自治会連合を形成していますので、90以上ある自治会の自治会連合の中で、そんな話は時々出るらしいのですが、いろんな歴史過程を踏んでいるということで、なかなか進まないと聞いています。考えてみれば難しい面はあると思いますので、もう少し簡単に考えると、先ほど市長も仰られたように、まとまりやすいところで、すなわち寺家、白子、江島でまちづくり協議会をつくっても良いのではないかと思います。自治会主導ではどうも無理なようなので、我々が、この会を発展させる中で進めるということですと、まだまだ年数が掛かりますが、現実に予算的な面とか、いろいろ市から協力を得ながら進めるには、まちづくり協議会というものは強力なものになるんじゃないかと考えています。そういった面で進められるような仕組みが何か出来ればと、今感じましたので、お願いしたいと思います。

(市長) 地域づくり協議会について、担当から説明をさせていただきます。

(生活安全部次長) 今日、お話をお伺いさせていただいて、白子には本当に沢山の資源もありますし、今日ご参加いただいている皆さんが本当に有識な方が沢山いらっしゃると思いました。白子地区には、白子、旭が丘、鼓ヶ浦、愛宕と4つの公民館があります。この公民館を中心としたまちづくり、先ほども小学生を巻き込むとか、子どもさんたちと連携をしたまちづくりというお話が出ました。おじいちゃんおばあちゃん、お父さんお母さん、子どもというつながりの中で育つ生活圏の中でのまちづくりが、地域の範囲としては一番まとまりやすいと言われています。
 私ども鈴鹿市も、いよいよ明確な制度的なものを外に打ち出していこうという流れです。現在は、地区市民センターがある関係で、行政区のまちづくりの方がつくりやすく、そのような地域が多いです。やはり、こちらの白子のまちは、大きなまちですし、90以上の自治会がいらっしゃるし、公民館も沢山あるので、なかなか行政区というのも難しい状況です。鼓ヶ浦に行かせていただいて説明したことがありますし、愛宕も行かせていただきました。まだまだ、その地域の中でまとまっていくというところまではいっていませんが、小学生を巻き込んだまちをじっくりとつくっていこうという動きをとってもらっていますので、制度について自治会連合会の理事の皆さんにお話をさせていただきました。
 この白子の歴史文化を活かす会の皆さんの活動については、底から上がってくるような、古民家を活かすという内容は素晴らしい活動だと思います。この公民館は三重県の中でもモデルになったことがあるほどで、地域を巻き込んだ文化高い社会教育活動をされているので、この白子公民館の運営委員会、まちかど博物館、また皆さんの会の連携からじわっとうねりを起こしていただきたいと思います。今日は、活動のうねりになるような、そんな会なんだと、すごく感じました。
 先ほど看板のお話が出ましたが、地域づくり協議会を一番最初に立ち上げた石薬師地区では、わずかな交付金を受けて由緒ある東海道の看板をつくって、自分たちで語り部を育てて、まちかどにやってくる皆さんを巻き込んで、語り部を使った動きをしています。そのように中で人を巻き込んでいる所もありますので、まさに伊達家で古文書を展示するとか、子どもたちと昔遊びをしたり、いろんなイベントとコラボするような事が出来ればと思います。ぜひ白子で起こしていただけたらと、今日は、お話を聞かせていただいてとても力をいただき、市の方も頑張っていかないといけないなと感じるような、力をいただきました。地域課が担当していますので、またお越しいただければと思います。

(市長) 今日は、公民館の運営委員会に携わっていただいている方や、まちかど博物館、県の行事にも携わっていただいている方もいらっしゃいますし、地域のいろいろな団体の方もいらっしゃいますので、そのような事が出来るのではないかと思います。今の説明にもありましたが、地域課が地域づくりの担当ですが、市の方では何かあればみんなが連携する体制はしっかりと整えてありますし、一緒に物事を運べるような形の中でやっていきたいと思います。

(参加者) 伊達家の活用ということを中心にお話をしていただいていますが、勿論、伊達家の活用についてもそうなのですが、先ほどカフェのお話が出ましたが、我々、建築設計をしている立場から言うと、いろいろな事があって、やはり、行政の許可が出ないと出来ない事が沢山あります。当然、法律違反してまですることは出来ないのですが、グレーゾーンみたいな物があって、グレーゾーンをどう解釈するかによって、出来たり出来なかったりします。それは、判断する側の人も人間ですので、させてあげようという気持ちがあれば、なんとか出来ると思います。窓口には意地悪な人もいるので、絶対にさせないと思う人もいます。そんな方が現れないように、ちょっと口添えをしていただけたらと思うことがあります。今日も、関の方へ古民家を活用している人の話を聞きに行きましたが、最初は、門前払いでゲストハウスにしようとした建物が出来なかったようですが、ところが、メディアに取り上げてもらって有名になったら、急に手のひらを返して一緒にやりましょうという話になったそうです。やはり、その人の気持ちひとつで変わっていきますので、その辺のところを協力的にしていただければと思います。
 あと、私たちも空家を活用するという事をずっと考えていて、いろいろ難しいのです。2日間掛けて、白子本町を空家調査したのですが、だいたい2割くらいあります。結構あるので、活用しようと思うと、やはり、人に来てもらうしかないです。UターンとかIターンを誘致しないといけないですので、そのために貸す方の側も、そのような気持ちになってもらわないといけないし、来る人の方も、例えば行政のストップがかかって駄目になったりとか、非常に繊細です。壊すのは一瞬で壊してしまいますが、残すのは本当に難しいですし、つくるのは当然もっと難しいです。新しく古民家の文化価値の高い物をつくるということは、ほとんど不可能に近いので、折角ある物を使わずに壊してしまいます。資産なのにゴミになってしまうという大きな違いがあります。やはり、資産として認識していただきたいという事です。今、建っている建物をまちの資産として認識する事によって考え方が変わってくる、法律の壁があるから壊してしまうという事にならないように、一体になってやっていただきたいと思っています。そして、他から来る方も歓迎する気持ちで迎えられるように、Uターンの人も積極的に呼び込めるように、市を上げてそのような体制をつくっていただきたいと思います。

(市長) もうすぐ行政懇談会が始まります。それぞれの自治会からの課題や要望を年に1回6ブロックでお話し合いをさせていただくのですが、今、一番問題になっているのが空家対策です。各地区で必ず空家問題が出ていて、高齢化している状況の中で、お子さんもなかなか帰ってきていただけないので、そのまま亡くなられると空家になってしまうというということが、どこの地域に限らず、鈴鹿市全体の問題としてあがっています。今、専門家の立場からお話をしていただきましたが、国も空家対策についての条例案を秋の国会であげていくということですし、それに伴って私どもも検討していかなければならないと思います。そうやって空家を見つけていただくことも大事ですし、放っておけば老朽化し、どうしても空家が危険家屋に変わってしまうので、そうならないように一歩手前で危険にさらされないようにするには、地域力が大事になってくると思いますので、私たちも、しっかりと連携をしてやっていきたいと思います。決して行政は、皆さん方の敵ではありませんので、今日は、いろいろなお話がありましたが、いろんな場面で一緒になって連携をしていく契機になると思っています。ぜひとも活性化のある白子のまちづくりを共にさせていただきたいと思いますので、よろしくお願いします。

(参加者) もし、文化的な屋敷を市に寄付されたら移築しないようにお願いします。その場所を公園にしたり、原っぱにされると値打ちがなくなります。やはり寄付されたら、その場で活用していただくということ、これだけひとつお願いしたいと思います。それと、※※※※さんの意見で、文化財の話が出ましたが、神戸の城下まちをつくったのは誰かご存知ですか。皆さん本多さんだと答えます。神戸のまちの基礎をつくったのは、本多さんではありません、石川公です。初代の石川忠利、この人が初めて神戸藩へいらして神戸の基礎をつくりました。その後、本多さんが整備されて神戸のまちを大きくしました。この方のご次男のお墓が、龍光寺にあります。これは誰も知らなかったです。私は、これを3年前に見付けたのですが、名前が違っていました加々爪(かがづめ)と書いてありました。次男の方は千葉の方の加々爪家へ養子へ出されて、その近くの榊原公の領地争いで幕府へ嘘を報告したので、取り潰されました。それでお兄さんに預けられて神戸で亡くなられて、それを龍光寺さんも檀家の方も知らずに、無縁仏になっていました。ですから、無縁仏ではなく、これは石川公に対する唯一の遺物です。その前の一柳のお殿様のものとしては、五輪塔が龍光寺の裏にあります。そして一族のお墓が、西条の玉田内科の隣のお寺にあります。そういった事で、もう少し文化財の方にも目をやっていただきたいです。神戸のまちをつくった大事な方のお墓ですので、文化課の方から龍光寺の方へ話をしてもらえると良いと思います。白子とは関係が無いのですが、ひとつの文化財としてお願いしたいと思います。

(市長) ありがとうございました。今日は、歴史の学校に来たような、大変参考になるお話を沢山聞かせていただきました。そのような、まちの中に埋もれている文化財もあるという事を、皆さんに分かっていただけるような発信は出来ないかということですが、またぜひ機会を見付けて発信をしていきたいと思います。
 今日は、本当に長時間ありがとうございました。まちづくり協議会へのお話とか古民家の活用とか、意義のある懇談会になったと思っています。何度も申し上げますが、私どもも連携をして、この歴史あるまちづくりをしっかりと一緒になって活性化をさせていただきたいと思っていますので、また皆さんの元気なパワーで、お力添えをいただいて一緒に頑張っていきたいと思いますので、今後ともよろしくお願いいたします。

※この会議録は、要約しています。

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