史跡 伊勢国府跡(北方官衙地区)

ページ番号1017802  更新日 2026年10月1日

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写真:伊勢国府跡(北方官衙)航空写真
伊勢国府跡周辺航空写真(南から)
写真:伊勢国府跡(北方官衙)1次調査区写真
1次調査区 礎石建物(南から)
写真:伊勢国府跡(北方官衙)1次調査区 礎石
1次調査区 礎石近接(西から)
写真:伊勢国府跡(北方官衙)8次調査区 瓦出土状況
8次調査区 瓦出土状況(北東から)
写真:伊勢国府跡(北方官衙)8次調査区 倒壊瓦
8次調査区 倒壊瓦(東から)
写真:伊勢国府跡(北方官衙)25次調査区とかねやぶ
25次調査区と金藪(かねやぶ)(東から)
写真:伊勢国府跡(北方官衙)27次調査区 南北大路航空写真
27次調査区 南北大路航空写真(南から)
写真:伊勢国府跡(北方官衙)27次調査区 南北大路東側溝
27次調査区 南北大路東側溝(南から)
タイトル
史跡 伊勢国府跡(北方官衙地区)
タイトル(よみ)
しせき いせこくふあと(ほっぽうかんがちく)
解説

 奈良時代の伊勢国庁と推定される建物の北側に、一辺約120m四方の区画が、東西4つ、南北3つ広がっています。各区画の間には幅12mの道路が設けられているようですが、南北の中軸線上は24mと2倍の規模の大路があり、政庁の北側から金藪(かねやぶ)と呼ばれる林まで続いているようです。また、これらの内部には礎石建ちで瓦を葺いた重要な建物が建っていたことが確認されつつあり、国府に勤めた役人が執務する曹司(ぞうし)だと考えられます。

 これら国庁に付属する施設は南側にあることが一般的ですが、北側に広がっている点が伊勢国府の特徴といえます。鈴鹿市では、これらのエリアを「北方官衙(ほっぽうかんが)」と呼び、史跡指定範囲の拡張を目指し、現在も発掘調査を継続しています。

遺跡所在地
鈴鹿市広瀬町字仲井・字南野・字矢下・字荒子・字仲起

伊勢国府跡(北方官衙)の出土遺物

  • 写真:重圏文軒丸瓦

    重圏文軒丸瓦(10次調査区出土)

  • 写真:重廓文軒平瓦

    重廓文軒平瓦(10次調査区出土)

  • 写真:鬼瓦

    鬼瓦(大部分は長塚西南区、左下のみ南野南区の出土)

このページに関するお問い合わせ

文化スポーツ部 考古博物館
〒513-0013 三重県鈴鹿市国分町224番地
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